先日出掛けた時に、サンドイッチを買って食べました。そのパン屋は初めて入ったお店でした。昼食を買う為に入ったのですが、店頭にあったフランスパンを見て衝動的にそれも買ってしまいました。その日の夕飯のメニューの事は聞いていなかったので、 “勝手にパンを買って帰ったら怒られるかも知れない” という思いが頭をよぎりましたが、おいしそうだったのでつい・・・。幸い家内は特に決めていなかったようで、「パン買った」とメールしたらそれに合わせたメニューにしてくれました。
クーコ
私は、フランスパンは見ただけでおいしいかどうか分かります。中身の詰まった重たいパンなのか、スカスカの軽いパンなのか?(大きい気泡がポコポコと空いているのか、小さい気泡が詰まっているのか?) 皮は厚くて硬いのか、薄くて柔らかいのか? しっとりとしているのか、パサパサしているのか?・・などが見えて、どんな味か分かってしまうのです。
私にパンの知識がさほどある訳ではありません。作ったことなど一度もないので、どんな粉を使い、何を加え、どのような段取りで作るのかも全く知りません。ましてや温度や水分、気圧などとの関係を知っている訳もありません。従って、理屈が分からないので、外見と中身の関係を説明することが出来ません。パンの組成について人に講釈を垂れたり、外見からの見分け方を伝授することも出来ません。ただ、フランスパンを見ると、勝手に頭の中にイメージが出来てしまうのです。噛んだ時の歯に伝わる固い皮の抵抗感、舌触り、そしてその後に広がる味。粉の味だったり、塩味だったり、焦げの苦みだったり。そして、説明の付かない諸々の・・味。一緒に食べたいハムやソーセージやチーズ、あるいは肉料理(過去に食べた、美味しかった一皿)などが浮かびます。そして、お供に飲みたい赤ワインの味と香り・・・。それらのイメージが一瞬にして脳内を駆け巡ります。
いつ頃からそういうイメージが湧くようになったのかは思い出せません。フランスに留学していた7年くらいの間に、パンの味を見分ける(外見だけで)能力が身に付いたかというと、そういう覚えはまったくありません。毎日食べていた筈ですが、当時はどこのパン屋で買っても、どこのレストランで食べても、たとえ安い学食のパンでもおいしいとかまずいとか思った記憶がありません。すべておいしかったように思います。そもそもフランスパンという物を食べたのは留学してからで、そこで初めてパンがおいしいものだと知りました。日本で食べていたのは食パンで、あまり好きではありませんでした。朝食にトーストを焼いてコーヒーと一緒に食べるのはオシャレだと思ってカッコ付けて食べましたが、無理がありました。
何も付けずにパンだけで食べてもおいしいパンがあるなんてフランスに行って初めて知りました。カマンベールチーズでバゲット(※1)を食べ始めたら、止まらなくなって、まるまる一本食べてしまったこともあります(結構大きいパンなのに)。
クーコ
パンを見分けることが出来るようになったのはおそらく、帰国してから街中のパン屋で買うフランスパンが私の頭の中にあったものとイメージが違ったことが始まりだったのでしょう。おいしいパンを探していろいろ買って食べているうちに分かるようになったのだと思います。
ここ10年くらいの間に、おいしそうだと思って買ったパンが外れたことは、記憶にある限り一度もありません。いつも買うのは近所の贔屓にしているパン屋(※2)のパンで、これはとってもおいしい特上のパンです(上の写真のバゲットはそこのパンです)。しかし、出掛けた時などに買うのは、行き当たりばったりのお店になります。そういうお店のパンが特上のパンだということは滅多にありません。どの程度のおいしさか?つまり、その日の食に供するに充分なおいしさかどうかを見て、合格なら買います。そしてそれらのパンも、見た時にイメージしたことが外れたことは一度もありません。
見ただけでおいしさを見分けられるなんて、 “よほど食い意地が張っているんだな” って思われるかも知れません。・・・その通りです(※3)。
ユーキ
さて、この日買って帰ったパンを持って玄関を入ったら、ユーキちゃんがまとわり付いてきました。しっぽを高速回転させて、思いっきりねだられてしまいました。パンは結構塩を使っているので、犬猫にはあんまりあげないようにしなければなりませんが、こんなにねだられたら、あげない訳には行きません。端っこをちょっと千切って台所の隅に行っておすわりをさせました。しかし、直ぐにじれったくなって伸び上がってきます。そして野太い声で「ワン!ワン!」と2回吠えて催促しました。その吠え方が偉そうで頭に来たから暫く待たせてからあげました。ユーキにとっては我を忘れて吠えてしまうくらいおいしい匂いがしていたようです。
クーコもおいしいパンとそうでもないパンでは全く反応が違いました。いつも買っている上記のパン屋が閉まっている曜日に、仕方なく他店で買ったパンに対しては、一応ねだりましたが吠えてまで催促するようなことはしませんでした。おいしいパンに対してはユーキと同じく凄まじい反応でした。
パンと赤ワイン:ガラスモザイク絵画
勿論この日の食卓には赤ワインを添えました。某コンビニのとても安い、しかし中途半端な値段と味の他のワインよりはずっと美味しいワインを。
そして、暫く後には、久しぶりに飲んだワインのせいで酔っぱらった家内がユーキをつかまえて何やかやと絡んでいる光景がありました。ユーキは時々チラッと私の方に視線を向けて助けを求めるかのような顔をします。私は頭を撫でてあげました。そんな酔っぱらいの彼女が突然「おーッ おまえ、おいしそうな色だなあ!」とユーキに向かって言いました。
思い出しました! クーコを見て何度か「バゲットという名前にすればよかったなあ」と家内と話し合ったことを。クーコは白と茶と黒の配分が、おいしいバゲットの色だったのです。背中に頬をスリスリして「香ばしい好い匂いだ」なんて言ったこともありました。もっとも、長い間シャンプーをしないでいるとバゲットではなくソーシソン(※4)の匂いになりましたが。
ユーキは若干色の配分が違って、茶色より白いところが多いので、バゲットというより表面の白い粉が多い田舎パン(パン・ド・カンパーニュ)に近いような気がします。
丸いカンパーニュのようなユーキ
※ 1、今から数十年前、フランスにいた時のことですが、いわゆるフランスパンは3種類ありました。細い方から順番に、フィッセル(紐)、バゲット(棒)、グロパン(グロは太いという意味)です。今近所のどのお店にもバタールというパンが置いてありますが、これに関しては記憶がありません。バゲットは手頃な食べやすいパンで、一番売れていたと思います。フィッセルは朝食に食べることが多いようです。パリのホテルの朝食は大体次のような感じです。フィッセルにバターとジャム、そして大きなカップに(ご飯茶碗みたいな大きさのボールの時もある)暖かいコーヒーと暖めたミルクをドバーッと注いでたっぷり飲みます。
フランスの都市部では朝食のパンは朝買いに行きます。焼きたてのパンを買ってきて食べるのです。従ってパン屋は真夜中にパンを焼いています。パン屋はお互いに休日を調整し合って同じ地区でパンが買えない日は無いようにしています。
古いフランス映画やイタリア映画を見ていると、農民が大きな焦げ茶色の丸いパンを切り分けて食べているシーンが出て来ます。いわゆる田舎パン(パン・ド・カンパーニュ)というものだろうと思いますが、これは中身が詰まったとても重たいパンです(多分それぞれの家で焼いているのでしょう)。切り口もフランスパンのように白くはありません。グレーっぽい色です。すこし酸味があります。焼いたその日よりも一日以上置いた方がおいしいと言われています(以前住んでいた長野県諏訪地方の原村にあったカナディアンファームというレストランで売っていた田舎パンが美味しくて時々買って食べていました。そこのパンを焼いているご主人が言っていました)。
※ 2、お隣の市、大網白里市に「sora±hana」というパン屋があります。ここのパンはどれもおいしくて、とても重宝しています。特にフランスパンがおいしくて、しかもリーズナブルな価格なので良く買いに行きます。
※ 3、私だけでなく世の中には同様の人が沢山います。フランス人は牧場で草を食んでいる体格の立派な牛を見て、 “美味しそうだ” なんて思うそうです。日本人だって似たようなものです。生け簀のある料理屋では、覗き込んで脂の乗ったアジ等を見分けてリクエストするのですから。
※4、ソーシソンは柔らかいサラミソーセージみたいなもので一般的なサラミより太くてとっても美味しいソーセージです。表面に白い粉がまぶしてあり、匂いを嗅ぐと、嫌な匂いではないのですが、ちょっと獣のような臭いがします(フランスに住んでいる友人は靴下の匂いだなんて言っていましたが)。これが抜群に旨くて(大体美味しい物はチーズでも何でも臭いのです)バゲットととても相性が良いです。