ガラスモザイクに関する様々な事を綴り、紹介するブログ


by mosaiquedodeca
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“桜祭り” その後

 前回、こどもの国で4月10日に桜は満開でしたと書きました。その日は気候も良かったので本当に沢山の子どもたちがガラスモザイク体験にきてくれました。
素晴らしい作品が沢山出来ましたので紹介したくなりました。中には大人の方もいらっしゃいましたのでそれも合わせてご覧下さい。

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最初に訪れたのは意外にも大人のカップルでした。聞けばお二人とも20歳。彼女はキティーちゃんを作りました。ご覧の通りとても細かく丁寧な作品が出来上がりました。時間を掛けてじっくり楽しんでいただきました。

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彼氏の方は最初自分の車の三菱マークを作ろうとしていましたが、暫くして路線変更して、別の車のマークを作りました。(私は車に詳しく無いのでこのマークは知りません)

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四葉のクローバは女の子に人気のある図柄です。春らしいカラフルな作品が出来ました。

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       こちらは桜の花。お母さんが作りました。

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       男の子はやはりサッカーボールとか野球のボールですね。

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       音符。楽しいリズムが聞こえて来そうです。

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こちらはお父さんの作品。一見見え辛いですが、魚です。形がリアルで素晴らしいです。水の揺らぎも良く表現出来ています。お腹の下の明るいブルーの置き方など、空間表現もニクイ! 絵画的にも素晴らしい作品です。


 次はNkayamaさんのネームプレートです。

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     磁器タイルに貼付けたところ。文字のバランスが良いですね。

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       目地を入れて完成。

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季節は早いですが「カブト虫」。女の子の四葉のクローバと同じくらい男の子に人気のある図柄です。

 その他にも沢山作って頂きました。皆さん有り難うございました。




原発事故によせて

 こどもの国で元気に遊んでいる子どもたち。放射能はこういった子どもたちに最も大きい影響を及ぼします。10年後、20年後、あるいはもっと先の未来に影を落とすものです。パニックや風評被害を気にするあまり、事態を過少に表現したり、情報を小出しにする政府とマスコミにはイライラしています。非常事態には非常事態用の心構えが必要だと思います。放射性物質の飛散先を詳しく予報する情報を天気予報と一緒に報道するべきと考えます。水や作物の放射能検知データも地域別に詳しく発表する方が良いと考えます。たとえ正確性に欠けても地域別の細かい情報を、間を置かずに出し続ける事が必要だと思います。そしてもし間違ったら直ぐに修正すれば良いのです(天気予報がはずれることがあるのは仕方ないのですから)。それと同時に、「直ちに健康に影響は無い」とか「自然に被曝している放射能だけでも何ミリシーベルトだから大した事では無い」とか言うよりも、被曝に対する詳しい知識をしつこい程に解説し続けることです。(ネットでは詳しく解説しているものがあります。私はそれを読み込んである程度理解できました)理解できればいたずらに怖がらなくても済みます。それをやるのがマスコミの使命ではないでしょうか? 全く無い訳ではありませんが少な過ぎます。マスコミは一生懸命風評被害を無くそうと訴えていますが、その殆どは情報不足が招いていることです。政府の発表に “正直” な感じがしないから疑心暗鬼になり、逆に防衛本納が働いて、それが風評被害に繋がっているのだと思います。きめ細かい情報を発信する事でしかパニックは回避出来ないと思います。繰り返しますが、正確性に欠けたり間違ったりするのは仕方ない事で、何度でも修正すれば良いのです。正直に、誠実に情報を流し続ければ、信頼感が生まれます。そこでは多少の間違いは折り込み済みとなり、対応する事が出来るようになります。早い段階で事故を収束させる見通しが無い今の状況では、負の可能性に対して防衛しなければなりません。怖がるより先に対策をたてなければなりません。対策をたてる為には詳しい情報が必要です。事態の深刻さを認め、腹をくくって危機意識を国民全員で共有する事が必要に思います。責任ある立場の人は自分(達)の中だけで処理しなければならないと考えがちで、情報を隠蔽してしまうことが良くあります。しかし、今回の事故は(最初から)それで対応出来る状況ではありません。早く非常事態体制を整えて欲しいと願ってやみません。誰しも “用心をすれば被曝量を減らせたのに” と後で後悔したくない筈ですから。

 人それぞれ事実認識が違ったり色んな意見があると思いますが、こどもの国で沢山の子どもたちの姿を目にして黙って居られなくなってあえて書かせて頂きました。
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by mosaiquedodeca | 2011-04-17 10:59 | 体験教室・こどもの国他 | Comments(0)

桜祭り

 3月末から4月の頭は「こどもの国の桜祭り」期間でした。桜祭りの催しとしていつもは土日しかやらない工芸体験を平日もやりました。私も出られる日は参加したのですが、肝心の桜がさっぱり咲きませんでした。例年ですと満開の桜の下シートを広げてお花見気分で弁当を広げる親子の姿が沢山見られたのですが(こどもの国なので宴会はありません)、今年はほとんど見られません。工芸体験をやっている建物「モノヅクリングビレッジ」の中も冬みたいに寒く、石油ストーブを焚きました。 しかしそれでも、最終日の4月3日の帰りに桜並木の下を通ったら、幹の下の方目の高さくらいの所にちらほら開いた花が見られました。 “ようやく春が来たのかな?”と感じられた一瞬でした。ほんの僅かですが、私たちの置かれている今の状況から気持ちが放れ、心が和みました。

 こどもの国を訪れる子どもたちは、こんな状況下でも相変わらず元気で、楽しい作品を作ってくれます。沢山体験してくれました。あんまり写真を撮れなかったのですが、何枚か撮った作品をご紹介します。

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  春休みなので親子連れのお客さんが多かったです。一家総出で制作した表札

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         四葉のクローバ

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        外国のお家みたいですね

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        これも四葉のクローバ

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       白い猫を飼っているのだそうです。右目は黄色、左目はブルー

 一週間後の4月10日にはもう桜は満開でした。

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by mosaiquedodeca | 2011-04-11 21:57 | 体験教室・こどもの国他 | Comments(0)

 何十年振りかで再会したコタニさんが近所に引っ越して来てしてから、時々遊びに行っているのですが、会えばやはり昔の話になります。私は語学学校のあったブザンソンには6ヶ月居てその後南フランスのアヴィニョンの美術学校に1年間行きました。そしてパリに上って装飾美術学校に5年間通いました。大使館に努めていたコタニさんとはブザンソンの6ヶ月とパリの5年間に交流がありました。しょっちゅうお会いしていた訳ではありませんが、たまにお宅にお邪魔したりしました。正月に紅白歌合戦を見せて頂いた事もあります。(VTRかなにかだったと思います)フランスで見た紅白歌合戦は何だか妙な感じがしました。NHKのお行儀の良いユーモアがちっとも笑えなくて、むしろその感覚のギャップが面白くて笑えました。まじめな場面が可笑しかったり、笑うところでシラケたりという具合です。


 昔の事で思い出したことがあります。それは美術学校の長い夏休み中(6月の中旬から10月くらいまで)のことです。当時コタニ夫人N代さんはパリの日本人学校の教師をしていらしたのですが、彼女から夏休みの林間学校のアルバイトをしないかと誘われたことがありました。フランスは中部のサヴォア地方の小さな町で日本人の子供達のお世話でした。お世話と言ってもベテランの先生達が何人もいるので学生だった私は大したことはしなくて良かったです。でも学校なので何か学科の授業をしなければなりませんでした。国語とか社会の授業はとても出来ないので、数学が得意だった私は算数の授業をやりました。小学校3年生にドリルとかをやらせて見てあげました。小3くらいまでなら私でも何とかなりました。メビウスの環を作らせてそれを縦に半分に切ったら鎖が出来たとか、そういうちょっと面白い実習なども交えるなど、いろいろ工夫して飽きさせないようにやりました。
 この日本人学校には、商社に務めている人とかフランスに赴任されている人達のご子息がいました。高名な美術評論家のお子さんもいました。私のクラスのやんちゃな男の子でした。「T 君のお父さんは T・S って言うの?」と聞いたら「うん」と言います。そしたら隣りにいた中学生の男子に「先生、 何聞いているの?」ってニヤけた顔で言われました。私が美術学校の学生だという事を知っていて、取り入ろうとしているんじゃないかと思ったみたいです。ませた子です。この子にはフランス語の発音を直されたりもしました。人差し指を立てて横に振って、 “違うよ先生” てな具合に。しゃくに触りましたが、子供は体でフランス語を覚えるので、発音、イントネーションなどフランス人とまったく変わらなくなります。かないませんね。
 泊まった施設には卓球台があって夜は子供達とビンポンをして遊びました。その中にカリナちゃんという子がいました。彼女はちょっと面長で鼻筋が通った、なかなかの美人です。11歳でしたが、大人っぽい感じの静かで上品な子でした。校長夫人から、アジアの某国の元大統領のお子さんだと聞かされました。お母さんが日本人でナントカという有名な方らしいです。大統領夫人か・・・。“一緒にいるあの上品なおばさんがその方なのか?” って思っていました。それにしてはちょっとお年寄り過ぎたのですが、当時の私は若造なのでそのあたりの事には気がつきません。
 ところがある日のことです。昼休みに、校長夫人から「オグロ先生、ご父兄の方が見えてますからお茶をご一緒にどうぞ」って言われました。それまでそんな事は一度も無かったので何だろうと思って行ってみると、先生方と何人かのお母さんが集まっていらっしゃいました。その中にお一人オーラを発している方がいらっしゃいます。この人は何だろう? 明らかに他の方達と違いました。少し派手目の服装で、しっかりお化粧をしていらっしゃいました。しかし、そういう外見上の事では無く、他の方達とは全く違う雰囲気がしました。低めの声が、太くて良く通ります。その声には生命力の強さを感じました。一言で言うと、 “迫力のある方” だったのです。何か子供の躾の話などをしていらっしゃいました。施設には洗濯機があって、汚れた衣類を女の先生が洗濯してくれるのですが、「女の子は下着は出さないで、自分で手洗いすべきだと私は思いますわ!」とその方が仰って、他の方は相づちを打ったりして、拝聴しているという感じでした。そんな会話に若造の私が加わることはないのですが、疑問が湧いてしまって、言わなくても良いひと言を発してしまいました。この林間学校には5歳くらいの小ちゃなお子さんから参加しています。自分で洗えと言ったっていったい幾つ位のお子さんの話をしているのだろうか? と余計なことを考えてしまったのです。

 私はその方に「どちらのお母さんですか?」とお伺いしました。その瞬間、場がシーンと静まり返りました。 “えっ、なに? どうしたの?” 一刻間を置いて、彼女は落ち着いた声でゆっくりとお答えになりました。 「カリナです」。

 え?、この人が大統領夫人?。私は少し動揺しましたが、出来るだけ平静を装って「カリナちゃんくらいのお子さんならそうですね」と言いました。その後は、 “幾つ位からそうすべきか?” という会話に移っていきました。3〜4年生くらいからという結論だったように思います。

 その日の放課後たまたま一人で屋上にいたら、その御婦人が登っていらっしゃって、声を掛けられました。なんでも、皆と一緒に遠足に出掛けたカリナちゃんが帰って来ないが、自分はもう行かなくてはいけないとのこと。「いつ頃戻るんでしょうか?」と聞かれましたが、私に分かる訳がありません。焦れた彼女が私に「あなた、運転できます?」と、車で迎えに行きたいという旨を言われましたが、残念ながら免許がありません。申し訳ないと思いましたが私にはどうすることも出来ませんでした。 彼女はお茶会の時とはちょっと雰囲気が違いました。割合に気さくに声を掛けて下さいました。多分、自分のことを知らない人間なので、構える必要がなく、話しやすかったのだろうと思います。彼女にしてみれば、私は気を遣う必要など全く無い唯の世間知らずな若造ですから。

 しかし、私の言葉で回りの空気が凍り付いたときの光景は、今思い出すと結構可笑しいです。皆んな唖然としていました。校長夫人は焦ったのではないでしょうか? あの後、彼女がなんて答えるか気がかりだった筈です。 え? その御婦人は誰かって? 勿論あの方ですよ。 テレビにもよくご出演なさっているD夫人です。インドネシアの元大統領夫人です。実は後で分かったことですが、私の遠い親戚に当たる方でした。ご縁があったようですね。親戚の法事の席で彼女の親族の方にお会いしたことがあったのですが、この話をして「でも、多分憶えていらっしゃらないでしょうけど」と言ったら、「否、彼女は憶えているわよ。そういうことは忘れないと思うわ」と言われました。その後全く接点はありませんが、果たして憶えていらっしゃるだろうか?
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by mosaiquedodeca | 2011-04-01 19:30 | フランス留学時代 | Comments(0)