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ガラスモザイクに関する様々な事を綴り、紹介するブログ


by mosaiquedodeca
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外房のアート情報誌「アート・エディター」に記事を書きました

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 外房のアート情報誌「アート・エディター」にまた記事を書きました。今回は耕木杜の阿保さんの作った椅子について書きました。このブログでは今年の2月に市原市で行われた創翔工芸展の後に同じ内容のの事を書きましたが、それを少し練り直したものです。

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 阿保さんの大工の技術が超一流なのは誰でも知っていることですが、私がそれ以上に “凄いなあ” と思う所は、彼の美に対する感覚が鋭いことです。一見どこかにありそうな感じの椅子やテーブル、棚なので関心の無い人なら見逃しそうですが、よく見てみると実にバランスが良く美しい形をしています。そして “どこかで見たこと、あるかなあ…” と思い起こしてみるとどこにも無いことに気が付きます。
 先日、刷り上がったアート・エディターを持って仕事場を訪れたら、楢の板に鉋掛けをしていました。何を作っているのか尋ねたら、「棚を作っているんだけど、出来ているのがあるから見る?」といわれてキッチンに設置してあるのを見せて貰いました。これがまた素晴らしい棚で、機能上の工夫とそれをうまくデザイン化してあるのが面白く、見た目が美しいと同時になんだかカワイイのです。これについてはまたいずれご紹介したいと思いますが、今回は椅子について記事を書きましたのでそれを抜き出してご紹介します。


「生活用具の美
             —阿保さんの椅子と絵画の空間—」

 「このエッジが大事なんだよね」、その一言で私の頭の中に立ちこめていた霧が晴れて見はらしが良くなっていく気がしました。セリフの主は阿保昭則さん。日本一の鉋削りの腕を持つ大工さんです。その彼が自分で作った椅子の背もたれの部分についての一言です。この椅子は一見、機能上の工夫以外には、これと言った “意匠”のようなものは、無いように見えます。ややもすればデザインをしていないというように思われがちですが、実はそうではありません。シンプルな形ですがとてもバランスが良く出来ていて、その飾り気の無い清楚な佇まいから感ずる静寂感こそがが美しい“デザイン”の証しなのです。

 生活用具などのデザインは、実際に物を作る人がするのが良いと、私は思っています。直接手に触れる日用品を見る目を養うのは、素材を五感で感ずる“経験”だと思うからです。デザイナーがデザインした量産品の中にも優れた物は沢山ありますが、手作りのそれとは違う良さだと思います。物作りの長い経験と確かな技術、そして継続する“美に向かう心”が揃って初めて美しいデザインは生み出されるのではないでしょうか。真っ直ぐな物が真っ直ぐに見える為には真っ直ぐに作ってはいけなかったり、手作りでしか出来ない微妙な調整が、案外とデザインの「要」であることが多いのです。

 椅子やテーブルは毎日使うものなので、手触り、重さ、堅さ、弾力、温度そして強度などの全てが、外から見た時にイメージされてしまいます。意識していなくても、一目見た瞬間にそれら全てを感じ取って、そのデザインが好きとか嫌いとか、心地よいとか悪いとか、人の脳は判断しています。物の形は外観上のものでしかありませんが、心理的に大きな影響力を持っています。陶器の茶碗やお皿でも、木工家具でも角の部分のエッジの利き方一つでその作品の印象が一変します。どの程度カドを立てるのか、あるいは丸めるのかで、重くも軽くも、頑丈にも脆くにも、柔らかにも硬くにも見えます。扱い方も豪快に出来たり、そっとやさしく気を使わなければならなかったりと、(実際の強度とは別に)左右されます。その選択が作者の作品に込めるメッセージであり、デザインの重要な要素なのです。

 阿保さんの一言で、彼のデザインの意図 (※) が理解できた気がしました。硬い楢の木が、カンナによって細胞がつぶされずに平らに削られています。椅子を後ろに引くときに手の平にぴたりと吸い付くような感触、適度な鋭さのカドが指の腹に食い込むちょっとした“痛み”は結構心地良いのです。またそれは、椅子を乱暴に扱って床などを傷つけたりするのを防ぐ役割を果たしていたりします。そして何より、私はエッジの立った背もたれの角の鋭い輪郭が周囲の空間に及ぼす緊張感がとても美しいと感じました。それは「絵画」の空間にも共通する要素で、頭の中の霧が晴れる思いがしたのはそのことに思いが巡ったからです。
※ 阿保さんのデザインに関する考え方は「耕木杜」のホームページの月刊コラムNO3に詳しく述べられています。

 “描かれた物の輪郭” の扱い方で絵画の空間表現は決まります。光と陰をドラマチックに演出する作品も、平面的な色面構成で色彩の調和を求める作品も、おしなべてその輪郭の扱いで絵画の美しさは決まると言っても過言ではありません。絵画空間は、線遠近法や陰影法などより、物の輪郭のどの部分をシャープにしてどの部分をなじませるかによって、より鮮明に生み出されるからです。色彩も、そう云う輪郭の緩急によって生み出される、統一された絵画空間の中にあって初めて響きあいます。つまり、エッジの利かせ方によって美しい “絵画空間”は生み出されるのです。(それについてはまたいつか機会があったら述べたいと思います)阿保さんの言葉は、家具と絵画という一見まったく繋がりが無いように見えるモノでも、美を生みだす構造には共通点があるということに気付かせてくれました。

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        明暗の諧調が美しくそのまま “絵”になっています

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四角い支柱のカドは取ってありますが背もたれの曲がり角はエッジが立っています

 最後に絵の空間に付いて書きましたが、私は何でも自分の専門である絵に結びつけて考える習性があります。陶芸についても、最初は自分にはとても理解出来ない世界だと思っていました。ところがある人の作品を貰って、気に入ってしまってから見方が変わりました。決して難しい世界ではなく、絵の見方と同じで良い事に気が付いたのです。造形の美にはジャンルを超えた共通項があるようです。いつかそれについて書いてみたいと思いますが(その陶芸作家のことも)、文章にする事は難しそうです。うまくまとめる事が出来れば “造形とは何か?” ということに少しは迫れるのじゃないかと思うのですが・・・。
by mosaiquedodeca | 2010-12-20 19:28 | アート・エディターの記事