ガラスモザイクに関する様々な事を綴り、紹介するブログ


by mosaiquedodeca
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名前


 我が家の愛犬 “友生” (ユーキ)が家に来てから一年が経ちました。家に迎える事が決まった時、名前をどうしようか結構考えました。プータとクーコの時は直ぐに決まりましたが、ユーちゃんは色々迷いました。今日はその(一年前の)、四苦八苦の顛末を書きます。

 最初に考えたのは「フク」でした。我が家で天国に逝った、プータとクーコを合わせて、「プークー」。転じて→プク→フク。「福ちゃんだ!」と一旦はなりました。だが、どうもピンと来ない。何故だろう?・・と考えたら、どうも発音し辛い。フーでは息が抜けてしまう。 ということで意味からでは無く、音から探してみようということになりました。先ず、最初の音。五つの母音の内、伸ばしても言い易い音を選びました。アー、イー、ウー、エー、オーの内、イーとエーは口が半開きの為いざという時咄嗟に出て来づらい。アーとオーは構えて力を入れる時はいいけれど、どうしても叫んでいるイメージが浮かぶ。残ったのが一番言い易い(私だけかも知れませんが)「ウー」に決まりました。プータもクーコも「ウー」です。では子音。カ行から順に、ク、グ、ス、ズ、ツ、ズ、ヌ、フ、ブ、プ、ム、ユ、ル、ヴ の中で使えるのはそんなにありません。濁音は重くなるし、ツ、ヌ、ム、ルは一旦唇か舌で吐き出す空気を止めてからでないと発音出来ない( “プ” だけは例外的に発音し易い)。「フ」は力が抜けるし、「ス」は舌と上の歯茎の裏側の隙間を狭めて、力を込めて吐き出さないと音にならない。残ったのは、ク、プ、ユです。ということはもう “ユ” しか無い訳です(クとプはクーコとプータで使用済み)。 “ユーなんとか” という名前にすることに決まりました。

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 保護されてからの預かりネームが「優華」なので “ユーなんとか” なら本人(犬)も混乱しないで良いだろう。では女の子ならスタンダード(私達の世代では)に、 “ユーコ” としたら・・と思いました。しかし、ユーコではどうしても知り合いの何人かの顔が浮かんでしまう。直ぐに思い出すだけで3人もいます。そこでちょっと捻って “ユーキ” ならいいだろうということで決めました。男の子の名前みたいですが、どういう訳かあんまり違和感を覚えませんでした(問題発言?ユーキが一見男の子に見えるからなのか?)。という訳で消去法ではありましたが、音はユーキ。では文字は? 複雑なのは書く時大変だからなるべく画数の少ない文字で、ユーは “友” 。これには理由があります。これから私達と一緒に生きて行く、という意味で、訓読みでトモ(共にという意味も引っ掛けて)と読める “友” 。野良となって独りで子供を産んで、しかも厳しく躾を教えながら育てた、立派なお母さん(※1)を私達の “子” として迎えるのはおこがましい。同等の立場の友達になろうということで “友” です。 キ はPCの文字打ちで単純な字が出て来るまで捜したところ、生まれるという字で キ と読める事が分かってそれに決めました。後付けではありますが、一度は捨てられて命の危機に晒され、それでも子犬の命を守っていたユーちゃんに、これからは永く幸せに「生きて」欲しいという思いを込めての “生” です。かくして、友(として一緒)に生きる「友生」と命名。

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  影を見ただけでも分かる程、最近体格が良くなった(つまり太った)ユーキ

 このような経緯で名前が決まりました。ユーキに限らず我が家の家族の名前は、今流行りのキラキラネームと正反対の、とにかく単純で発音し易く簡単に書ける、そして覚え易いという方向で決まります。しかし、こんな風にさんざん考えて呼び易いように決めた名前でも、結局はまともに呼ぶ期間は最初の何ヶ月かだけなのはどうしてなのでしょうか? プータ(風太)は、プーちゃん、プーにゃん、プーすけ、プータ居士、プー太郎、etc。クーコ(空子)は、クーちゃん、クンちゃん、クークー、クックー・・・。その時の気分によって勝手に変えて呼んでいました。ユーキも最初のうちこそまともにユーちゃん(既に省略してますが)と呼んでいたのに、そのうちユータンになって、今や “タンタン” になっています(名前の音が一つも入っていません)。まあ、ユーちゃんの場合、まだ名前らしきもので呼ばれているだけいいのかも知れません。呼び方で遊んでもらえるなんて愛されている証拠のようなものですから。私達夫婦なんてまるで名前なんて忘れてしまったかのように、お互いを “アンタ” とか “オイ” ですからね(※2)。

        「ユーちゃん!」(前を歩いているユーちゃんを振り向かせたくて呼んでみた)
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        ?・(反応無し)

        「ユータン!」
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        ?・・

        「タンタン!」
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         何?


※ 1 先日ユーキを7ヶ月間預かっておられた預かりさん(海ママさん)が一年の節目に遊びに来てくださいました(ぷーままさんと、もう1人絵が好きな中学生と)。その時に保護時代のユーちゃんの話になって、子供達に対する厳しい躾の様子を聞きました。ユーキから離れて勝手に歩き出す子犬を、バシッと押さえつける動きが容赦なかったそうです。「そんなにやらなくても・・」と思うくらいだったそうです。
今回彼女達から、ユーちゃんが凄く「可愛くなった」と言われました。絶賛の嵐でした。ぷーままさんなど、「男前のユーキに遭える」と思っていたら違った、と。私達も時間が経つに連れて顔が変わって行ったのは認識していましたが、一年振りに会った人には変化が顕著だったようです。

※ 2 どこでも一緒かどうか分かりませんが、夫婦も長くなると名前なんかで呼び合わなくなります。若い頃は名前から派生した(というか変じた)呼び名を付けて呼び合っていましたが、だんだん面倒になってこんな風に成り果ててしまいました。まあそれでも関係が成り立っているのは、お互いが空気のような存在になってるからでしょうか?
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# by mosaiquedodeca | 2016-12-17 12:13 | 猛描プータと愛犬クーコの話 | Comments(0)

レジェンド?

 最近気がついたことですが、ユーちゃんはとても家族愛が強い犬です。と言うのは、家内と私とユーちゃんの3人で外出する際に、家族全員の動向を気にする行動を取るからです。散歩の時に家内がリードを引いて、後ろを足の遅い私が歩いていると少しずつ遅れていきます。しばらくすると何メーターか距離が空きます。するとユーちゃんは必ず足を止めて振り返って私が追いつくのを待っています。体は前を向いたまま首を180度まげて、ちょっと心配そうな “困った顔” でじっと私を待っています。それはまるで出来の悪い、愚図でのろまな子の面倒をみている母親のような感じなのです。
 散歩から帰って家に入る時も同じような行動をとります。クーコは私達に遅れまいと慌てて家の中に入ろうとしました。ドアを開けると私達の脚の脇をすり抜けて必ず一番に入りました。それを見ていつも『一等賞!』と声を掛けていました。しかし、ユーちゃんは同じように一番に入りますが、そこからが違います。私達2人が中に入って、鍵を閉めて、靴を脱いで板の間に上がるまで待っています。最後の人が入り切るのを確かめてから居間に入ります。 “1人も欠けてはいけない” と思っているみたいなのです。

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     全員揃ったので定位置へ

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     ホッとしたような満足そうな顔です


 我が家に来るまで預かって下さっていた方(海ママさん)から、おそらくユーちゃんは野良になってから独りで子犬を産んで育てていたこと、ダニにビッチリ食いつかれながらも必死で守っていたことなどを聞いています。預かられてからも、子犬達の面倒をみて、叱るときは叱ってちゃんと躾をしていた立派な母犬だと。
 そんなユーちゃんはなかなか貰い手が現れず、長いこと(七ヶ月間)海ママさんの “預かりブログ” に登場していました。体毛の色と模様のあり方がクーコに似ていたことから私達の目にも留まり、以後毎日ブログを見ていました。次はどんなことが書かれているか、ユーちゃんの様子はどんなかをいつも気にしていました。更新してない日があると、どうしたんだろう?とヤキモキしました。
 それは私達だけでなかったようです。同じように毎日ブログを見ていた人が沢山おられました。つまりユーちゃんのファンがいっぱいいたのです。それが分かったのは私達の家にトライアル(お試しに飼う期間)が決まったという記事に寄せられたコメント数が過去最多だったと伺った時です。沢山の方がユーちゃんの行く末を心配しておられたのです。私達もそのコメントを読みました。沢山の暖かい言葉が寄せられていて、ユーちゃんを幸せにしないとその方達に “叱られてしまう” と緊張してしまいました。海ママさん曰く、ユーちゃんは “伝説の犬” なんだそうです。

 ところがユーちゃんは我が家に来てからは、酷い環境の中で健気に子供達を守っていた立派な母犬だったなんてことはちっとも感じさせませんでした。ヤンチャで甘えん坊の男の子のような犬にしか見えませんでした。保護されてから七ヶ月、他に沢山保護犬(子犬)がいたものの、安心安全なお家の中で可愛がられて生活していたからでしょうか、すっかり家庭犬になって我が家に来たみたいです。

 甘えん坊振りを発揮したのは最初の日の夜からです。ベッドの脇に長座布団を敷いてあげたのにそこには眼もくれず私のベッドに上がって来て、掛け布団の上でピッタリくっついて寝ました。翌日か翌々日には布団の中に潜ってきました。まるで猫みたいです。その時は冬でしたが、夏になったらさすがにベッドには上らずに長座布団あるいは床板の上に寝っ転がるようになりました。夏の盛りが去って少し涼しくなってきたら、途端にまたベッドに上るようになりました。今は私の足元に丸くなって寝ています。蹴っ飛ばさないように気を使います。また寒くなるに連れて足元からだんだん上に上がってくるのでしょう。

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    ソファーを占領

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    ・・・


 家内の使っている居間のソファーはユーちゃんの定位置の1つになりました。常に半分以上占領しています。家内がそこで横になると背もたれと家内の間の狭い隙間に(細長くなって)挟まれています。窮屈だと思いますが目を閉じて幸せそうな顔をしています。しかし油断禁物です。時に四肢を突っ張ってソファーから家内を落とそうとするような動きをします。実際落とされそうになって家内は慌てています。何と言うか・・我が物顔ですね。

 やんちゃな事で言えば、散歩の途中犬を見れば必ず吠えかかるし、犬に限らず猫でも鳥でも飛びかかろうとします。追っ払おうとしているのでしょうか。時には何が気に入らないのか、人にも逆毛を立てています。クーコは時々人に吠えていました。いかにも怪しげな人、例えば登山服みたいな格好をしていた人などに。そしてキャーキャーはしゃいで走り回っている子どもにも吠えていました。子どもの場合は「騒ぐんじゃない!」って叱っているような感じでした。クーコは庭にいるのが好きで日中は外に繋ぐことが多かったですが、朝晩クーコに吠えられている小学生は、私達の姿が見えないと、「ば〜か!」なんて言って通るくらいでした。ユーちゃんは吠えかかったりはしませんが大体誰にでも逆毛を立てます。私達以外は総て敵だとでも思っているのでしょうか?
 私との散歩では、躾けが効いたみたいで、滅多に犬猫に吠えかからなくなりました。しかし家内と一緒の時は相変わらずイケイケのようです。
 ユーちゃんのヤンチャぶりは、例えば(最初からそうでしたが)庭の奥に繋がれている犬に対してわざわざ喧嘩をふっかけるところです。相手が、気がつかないか面倒くさがっているのに挑発するのです。反応するまでそこに留まって吠えます。そしてとうとうその犬が怒り出すと、さっさと逃げます。その犬が大型犬でも関係ないのです。シェパード、秋田犬、大型のミックス犬、何でもござれです。

 私達の目からは母性溢れる立派な母犬、 “レジェンド” にはあんまり見えなかったユーちゃんですが、冒頭に書いたように最近の行動は、子連れだった時のことを彷彿とさせます。3人揃わないといけない、 “1人も欠けてはいけない” と思っているらしいところなど、家族としての意識が強いのかなと思います。
 もしかしたら他の犬猫に突っかかって行くのは家族を守る意識からなのか? そしたら、彼女にとって私達は “子犬” なのでしょうか? まさか子犬とは思っていないでしょうから、外敵から身内を守ろうとする習慣だけが残ってしまったのかも知れません。もともと喧嘩っ早い性格かも知れませんが、過酷な過去の話を聞いているので、そんな風に思わなくもない、今日この頃です。
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# by mosaiquedodeca | 2016-09-21 18:29 | 猛描プータと愛犬クーコの話 | Comments(0)

蛍の写真

 ちょっと前の記事で、 シャンプーをサボった時の我が家の犬の匂いが、フランスパンの香ばしい香りから “ソーシソン(サラミソーセージみたいなもの)” の匂いに変るというような事を書きました。記事を書いた事が引き金になって、また無性にソーシソンが食べたくなってしまいました。しかし東京にでも出掛けないと手に入りません。モヤモヤしていたところ、思いが通じたのか、偶然日本に来ていたフランス在住の友人からお土産に頂きました。かつて我が家を訪れた時、クーコ(シャンプー前の)の獣臭を「靴下の匂いだ」と言って笑っていたその友人が日本を旅行中で、私に会いに来てくれたのです。

 今日はその友人、M君(※1)の作品について書きます。
彼はこの夏一ヶ月程日本の地方をあちこち回って蛍の写真を撮っていました。実は昨年の夏も蛍の写真を撮りにきていました。しかし蛍を追っかけて各地を回っていて、スケジュールに一日の余裕も無かったそうで、会えませんでした。今年は一日だけ空けて会いに来てくれました。その日私は「千葉こどもの国」でガラスモザイクの体験教室を開いていました。そこにわざわざフランス人の奥さんと一緒に訪ねてくれたのです。忙しいかも知れないので「あんまり話しは出来ないかもしれないよ」と言いましたが、それでも構わないということでした。子供達の体験指導の合間に話しを聞いたところ、昨年撮影した蛍の写真を作品にしてパリで展覧会を開いたのだそうです。

 その作品を見せてくれました。私の第一印象は “?” でした。プレゼン用に小さく印画されたその写真は白い額縁マット紙に囲まれた真っ黒の画面でした。そして何やら一部に粉がこぼれてしまったような小さな白い点々。言ってみれば、黒い紙に白い埃がついてしまったような感じ。そっと吹き飛ばしてキレイにしなくっちゃ・・・と思わせるくらいの微かな埃。
 蛍の写真というので私は色付きの写真を想像していました。青緑色の奇麗な光が飛び交う幻想的で奇麗な写真を。しかし私が見たのは唯々、真っ黒な紙でした。

 しかし、蛍イコール奇麗な色というのは固定観念なのですね。小さな写真なので分からなかったのですが、じっと見ていると画面の下の部分に、眼に見えるか見えないかくらいの薄い線が交錯しています。それはどうやら手前の草むらのようです。展覧会の時はもっと大きな画面の写真が飾ってあり、その前に立って眺めているとやがて眼が暗闇に慣れて色んなものが見えて来るのだそうです。確かに落ち着いてじっくり見ると何か見えて来そうです。なるほど、彼の表現したいものが分かった気がしました。


 私はガラスモザイクで絵画を描いています。ガラスモザイクは色んな色のガラスピースを並べて作ります。近くで見ると個々のガラス片が宝石のように美しく光り輝いて見えて、その材質感(物質としての存在感)に魅了されます。画面からの距離が遠ざかるに連れて、ガラス片だと思っているものが他の物(描かれている物)の一部に見えて来ます。遠くから眺めるとそれはもう、パンだったり、チーズだったり、薬缶だったり、炎だったり・・・。物質の色や質感が、その配置の妙によって人にイマジネーションを喚起させ、絵画が成立します。
 色ガラスという物質が、視点を遠ざけると物や空間に変る。一方部分に眼をやれば光の反射で輝くガラス片が見える。見る人の意識が “物質” と “空間” の間を行ったり来たりします。その “ゆらぎ(※2)” を引き起したくて、絵の具では無く、色を配合する事が出来ない又細かくも作れない、色ガラス片を使って絵を描いています。学生時代にガラスモザイクに初めて出会った時から、その “ゆらぎ” を感じ、以来それは私の心を捉えて離しません。

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 M君が蛍の写真で、見る人に味わってもらいたいのは、目の前の真っ黒な壁(展覧会では大きめの画面に印画して飾っている)が奥行きのある夜の風景に変る、その瞬間の驚きなのでは無いだろうか? 真っ黒い紙の向こうに、突然空間が開けて闇の景色が現れてくる、そのヴィジョンが見えた時の喜びなのでは無いだろうか? と私は思いました。
 彼と会った時間はそんなに長くなく、しかもこちらは仕事中だったのでその辺のところまでは話しは出来ませんでした。本人に訊いた訳ではありません。従ってこれはあくまで私の勝手な憶測です。

 蛍の写真はカメラのファインダーを一晩中空けっぱなしにして撮影するような長時間の作業だそうです。蛍が飛ぶと点は線になり、点滅すると点線に。ゲンジボタルやヘイケボタルなど種類によって、また同じ名前の蛍でも地域によって光り方(点滅周期など)が違うのだそうです。従って黒い画面の白い埃の形も様々でした。
 今回もパリに帰ったら展覧会を開くと言っていました。




※1 M君は日本の美術学校の時からの友人でフランスに留学してからも同じ学校に通っていました。1年か2年後輩でしたが、気が合ったというか、話しを始めると止まらなくなって、気がつけば大通りに面したキャフェテラスで何時間も話し込んでいたなんてことが、幾度もありました。彼は私の知らない事を沢山知っていて、話が面白いのです。会話をすることでお互いの考えが深まるとてもいい関係です。 私が帰国してからも、彼が日本で仕事をする機会が何度かあって、そう云うときは必ずと言っていい程会って話しをしました。夜に会って、話し始めたらいつの間にか朝になったなんてこともありました(その頃は若くて体力がありました)。今は何年かに一回しか会えませんが、時間にゆとりがあれば何時間か話し込んでしまうでしょう。それは美術に限らず多岐の分野に渡ってのものになる筈です。原発やISISなどに関して話もしたいと思っています。今回は「嫌な世の中になって来たね」と言い合っただけで、それ以上の話はできませんでした。彼のフランス人の奥さんは「日本に来る前、地震が怖くて躊躇した」と言っていました。それに対して、彼と私は全く同じ言葉を返しました。「地震の方がましか、テロの方がましか、どっちかだね」って。嫌な世の中ですね。


※2 昔、印刷屋が発行していたフリーペーパーのインタビューを受けた事があります。 “私の絵画の原点について” みたいな話をしました。中学生の時に親戚の人から油絵の具一式を貰って油彩画を始めた事。そしてある時、窓から見える山を描いていて、山肌に見える木々の色や形がくっきりと見えるのに、豚毛の固くて太い筆では思うようにいかず、 “俺は下手クソだな” とがっかりして椅子から立ち上がって離れてみたら、そこに山の景色がしっかりと描かれていた事。近くで見ていたら唯の絵の具の塊なのに離れて見たら山の景色に変っていたという経験が(その時の驚きと感動が)私の絵画の原点となった。この話をしたらインタビュアーの方がすごく喜んで、プリゴジンという人の “ゆらぎ” の理論を持ち出して共感してくれました。

以下その抜粋
 :モザイクのおもしろさは、「物質が空間」になるところだとOさんは語ります。近くで見るとガラスや石にしか見えないのに離れて見ると空間が現れるおもしろさ。光が乱反射するガラスや大地の色を放つ石からは、物質に宿る命が見えるかのようです。
 私たちは美に触れる時、状況や生活背景、心の状態といったさまざまな座標軸によって感動の波がゆらぎます。自己を探り美を創り出した作家自身のゆらぎにも共振して。
 〈ゆらぎ〉についてはノーベル化学賞受賞者イリヤ・プリゴジンが次のように説いています。『〈ゆらぎ〉が外的なエネルギーの交流によって強化されるときシステムは混沌へと向かうのではなく、より高次の秩序へと進化する』『希望と考えるのは、小さな〈ゆらぎ〉でさえも成長して、全体構造を変えうるからである。それゆえ、個々の活動は無意味なものとして運命づけられてはいない』。この理論は・・・・:

 プリゴジンの理論は良く分かりませんが “ゆらぎ” という言葉は気に入りました。作品を見る時、先ず無機物の美しい石やガラスが眼に入る。次に個々の材料が有機的に組み合わさる事により、素材の材質感とは ”違う質感” を帯びた物が周囲の空間と共に現れる。硬いガラスがふっくらとした食パンの焦げかかった皮に見えたり、切り口から溶けかかってしたたる前のカマンベールチーズに見えたり。あるいはガス台のケトルを沸騰させる青白い炎に、白いガラス片が透明なビニールの反射光に。
 鑑賞者の意識が、現実(石やガラス)と幻覚(描かれたイメージ)の間を行き来する。常に見え方が移ろい、気持ちが “ゆらぎ” 続ける。そう云った作品を作りたいと思っています。

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# by mosaiquedodeca | 2016-09-12 18:46 | ガラスモザイクの制作 | Comments(0)

台風

 台風9号、関東地方直撃でしたね。雨もですが風が強かったですね。外でドンドンと音がするのでなんだろう?と見たら物置が倒れていました。後ろに単管鉄骨の構造物の柱があったのでそれに寄りかかっていました。単管柱の位置が端っこだったので、箱が歪んで引き戸が半分開いてしまいました。中には高圧洗浄機だの草刈り機だの丸鋸だのが入っていましたが、そのまま放置するしかありませんでした。出て行ったら危険ですからね。今朝になって立て直しました。幸い中の物は無事だったようです。

 それから、我が家の周辺は停電になってしまいました。夜までには復旧するだろうと思っていたら、外のスピーカーで「復旧の目処がたっていません」等という放送が聞こえて来ました。すぐ近くの同じ町内の知り合いの家は停電していないのに・・何所で分かれているんだろう?

 いよいよ夕方になって暗くなって来たので慌てて電池を買いに行ったり、ロウソクを探したり。ロウソクはこどもの国の物作り体験のメニューでステンドグラス(風)のキャンドルランプ作りというのをやっている関係で沢山持っています。どうせならと思い、見本に作ったキャンドルランプに火を灯しました。ロウソクの灯りと懐中電灯の光の元、家内が肉野菜炒めを作り、それと白飯が夕食になりました。
シンプルなメニューですが暗い中でキャンドルの元で食べるご飯は妙に美味しく感じました。皿の中は暗くて何の料理か分かりません。「闇鍋みたいだ」と家内。私も同感でした。

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   色んなキャンドル

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ガラスのコップの上部をわざと割った容器の中にロウソクを入れてある

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   こちらは別のロウソクが入れてある

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   見本のステンドグラスのキャンドルランプと焼酎の水割り

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   キャンドルランプのデザインは流れ星

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   懐中電灯に照らされたユーキ、落ち着いています

 友ちゃんは肝っ玉が据わっているのか、今回の台風で大きな音がしたり壁が揺れたりしても終始落ち着いていました。 クーコは台風を怖がって大変でした。夜中に台風が来た時は部屋の中をウロウロと歩き回ってずっと怯えていたそうです。私はグースカ眠っていたので知らないのですが、家内がずっと付いていてあげたのだそうです(のんきに眠っていた私は頼りにならんと、またもや株を下げてしまったのでした)。 一方猫のプータもそんな時はただ眠っていたのでした。 そういう所は、友ちゃん、クーコよりプータに似ているのかも知れません。
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# by mosaiquedodeca | 2016-08-23 19:38 | 猛描プータと愛犬クーコの話 | Comments(0)

ユーキ7ヶ月

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   眠いよ〜

 我が家にユーキ(友生)ちゃんが来てから7ヶ月が経ちました。最初の頃、いろいろ心配した事や克服しなければいけなかった諸々の事があったのですが、今は “それはどんな事だったっけ?” と、俄には思い出せないくらいになりました。

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    な〜に?お父さん わたし眠いんですけど

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    用が(おやつが)無いんなら寝るよ

 大変だったお留守番ももう慣れたものです。帰った時の大騒ぎは無くなりました。最近はどういう訳か玄関に迎えに来ても、私たちを確認すると直ぐソファーに戻ってしっぽをブンブン振り回して、靴を脱いで荷物を抱えて入って来るのを待っています。そして頭を撫でたりあごをぐりぐりしたりのスキンシップをしてやるとしっぽブンブンが治まって落ち着きます。最初の頃は気が狂ったように喜んで私たちに纏わり付いて、後を追いて部屋中を走り回りました。ソファーに飛び乗り、飛び降りてもう一台のソファーに飛び乗り、そして空中飛びでソファーからソファーに・・(私たちは “三角飛び“ と呼びました)。それがしばらく収まりませんでした。それだけ不安で心配だったのでしょう。今は寂しいけれどそんなに不安ではないようです。行くときは「お留守番だよ」って言うと、ソファーに寝たまま哀しそうな眼で「行ってらっしゃい」と言います。これは先代犬のクーコと同じです、つまり我が家の子になったということでしょうか。

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      眠いよ

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     うつらうつら・・・

 そういえばユーキちゃんのお留守番には気を付けなければならない事が一つあります。それは生ゴミです。これを片付けておかないと大変な事になります。クーコは決してやらなかったのですが、ユーちゃんはプータ(我が家にいた猛猫)並みにゴミ箱を漁ります。プータが死んでから10年以上経っているのですっかり忘れていました。生ゴミは蓋付きの入れ物に、食べ物はすべて冷蔵庫に片付けて出掛けていました。尤もプータの場合は出掛けている時だけでは無く、私たちの目の前で平気で食べ物を漁っていたし、足掛かりがあれば高い所でも安全ではありませんでした。調理台の上のオリーブオイルの蓋を嘗められた事もありました。

 ユーちゃんは漁った生ゴミを喰わえて私のベッドの上に持ち込んで楽しんでいました。お陰で大型コインランドリーのお世話になるという、私たちにとっては貴重な経験をさせてもらいました(その便利さを初めて知ることになりました)。

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     ポジションを変えて

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     結局目が覚めてしまったじゃないか

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   (寝起きの顔です)

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えっ何!おやつ? (ユーちゃんのチャームポイントはこの真っ白な前足としっぽの先です)

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     なんだ、おやつじゃ無いのか

 最初の頃と違って来たと思うユーちゃんの行動がもう一つあります。散歩の時のヤンチャぶりです。確か来たばっかりの頃は他の犬達に吠えかかるような事はしなかったように思うのですが、何ヶ月か経った頃から、すれ違う犬にやたら吠えかかるようになりました。始めは、我がもの顔に振る舞うのはココ(地域)を自分の場所と思えるようになったのだと喜んでいましたが、そのうち他の犬にのべつ幕無しに突っかかるので困るようになりました。犬だけでなく猫でも鳥でも何でも突っかかります。知らない人にも、吠える事はしませんが、逆毛を立てています(これは怖がって警戒しているようです)。

 そこで目下これを正すべく躾け中です。他の犬に突っかかって行こうとした瞬間にリードを “ビシッ” と引くようにしています。逆毛を立てて呼吸を荒くするくらいまでは何もしませんが、吠えて突っかかろうとしたらこれをやります。そうするとすうっと逆毛が倒れて大人しくなります。向こうの犬がワンワン吠えていても私にぴったり寄り添って通り過ぎるようになりました。
 最初の時は私に叱られたと思ったのか、通り過ぎた後に足を止めて私を見上げました。不安そうな顔だったので、しゃがんで頭を撫でて褒めてやりました。「いい子だったねえ、よく我慢した。いい子だ、いい子だ、大好きだよ!」と言うと安心してまた歩き出しました。これを繰り返していたら、いつも遭う犬には向こうが余程近づかない限り応戦しないようになりました。まだまだ躾の行き届いた大型犬(ヨーロッパの、レストランに同行出来る犬)のようではありませんが、少しは改善しました。

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# by mosaiquedodeca | 2016-07-08 09:16 | 猛描プータと愛犬クーコの話 | Comments(0)