ガラスモザイクに関する様々な事を綴り、紹介するブログ


by mosaiquedodeca
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透明な顔

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 我が家の愛犬「友生」は動物愛護センターに保護された迷い犬だった事、我が家に来たいきさつ等は前に書きました。センターから友生を引き出し、7ヶ月に渡って里親探しをしてくださった、ボランティア団体「アグリドッグレスキュー」の海ママさん。彼女のブログを家内が見つけた事が友生を迎えることのきっかけでした。そのブログは今でも毎日見ています。アグリの、他の預かりさんのブログも時々チェックしています。海ママさんのブログ同様に読むのが日課になっているものもあります。時々アグリ以外の団体のものも(※1)読んでいます。つまり、すっかりハマってしまったという訳です。

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 海ママさんのブログを読み始めて暫くして気が付いたのですが、海ママ家の犬の「海」ちゃんの表情が他の子達と何だか違うのです。最初の頃は優華(友生の当時の名前)が目的で見ていたので、あんまり他の犬には目が行きませんでした。一緒に保護されていた子犬達のヤンチャな様子には少しは目が行きましたが、いつも後ろの方に写っている海ちゃんのことは全く注目していなかったのです。いつ見ても同じ表情で、何だか存在感を感じなかったのです。何と言うか、 “透明な顔” に見えたのです。何故だろう?長い間このことの意味が分かりませんでした。

 海ママ家に友生(優華)に会いに行った時、入口に止めた車から降りたら、縁側の掃き出し窓からガラス越しにこっちを見ている犬が2匹見えました。優華ちゃんと海ちゃんでした。玄関に入るとこの2匹と他に子犬達(他に保護された犬:2匹とも優華とは血の繋がりは無い)が走ってきて大歓迎してくれました。中でも優華ちゃんは飛びつかんばかりの歓迎ぶりでした(※2)。しかし皆と一緒に走って来た海ちゃんは、優華に気圧されたのか、初対面だったから怖がったのか、直ぐに上がりかまちの下に身を隠してしまいました。居間に移ってからも優華ははしゃいでいて甘えてきましたが、海ちゃんはそれっきり奥に引っ込んでしまいました。まるで自分の出番は終わってしまったかのように。

 友生が家に来てから一年半以上経ちました。最近彼女の顔が何だか海ちゃんの表情に似て来たのです。無表情というか、何も訴えてこないというか・・・。違う言い方をすれば、何事にも動じない、不安な様子が全く見えない、透き通った表情なのです。海ちゃんと同じような透明な顔に見える事が多くなってきました。

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       カメラを向けると意識するのでなかなか透明な顔は撮れません

 預かりさんのブログに出てくる保護犬達は、育った環境や保護される直前の境遇によって様々ですが、その時々の心の状態がはっきりと読めます。拒絶しているのか、求めているのか、不安なのか、喜んでいるのか・・・そう云った感情が割合に顕著に(顔に)現れています。そういう表情を見て、又それが変化して行く過程をみて一喜一憂。つまり感情移入して、見ています。そんな中で海ちゃんだけがいつも普通の顔なので、気を惹かれる事はありませんでした。ブログの文章には海ちゃんが “どうしたこうした” とか色々書いてありましたが、出ている写真の表情からはそう云う感情は読み取れませんでした。しかし最近、それがどうしてなのか、ようやく分かりました。保護犬は生きて行くのに必死で余裕が無く、色んな感情がすぐに顔に現れてしまいますが、海ママ家の犬達の中で唯一飼い犬の海ちゃんは、不安が無いからか(不満はあったとしても)無表情に見えるのです。つまり透明な顔と言うのはすっかり家族の一員になり、その中での役割もしっかりこなしている、言わば精神的に大人の犬だということでした。友生も最近その風格が備わって来始めたということでしょうか?

 私達も一度だけ迷い犬を保護した事がありますが、その顛末は前に書きました(ビーグルの思い出)。その時に描いたデッサンで、顔を描いた物が見つからなかったと書きましたが、最近見つけました。以下の3点です。

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ちょっと気弱そうな顔になっています (動くのでなかなか描けなかったです 後ろ足が少し大きくなりすぎました)

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かなり緊張した顔になっていますね 何だか怒っているみたい もっと友好的な顔をしていたように記憶しているのですが・・・

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       こちらのデッサンも緊迫した顔に見えます

 当時のデッサンを見ると、取り敢えず人間に保護されて家に入れてもらえたけれど、やはり安心は出来ずにずっと緊張していたのが分かりますね。


※ 1:保護活動と言っても、いろいろな方がいらして、中には病気や怪我をしている子達ばかりを預かる方もおられます。そういうブログもたまにチェックしています。北海道のある方のブログには、右サイドに今飼っている子達、預かりながら里親募集をしている子達の紹介リストがあって、その下に預かり宅で亡くなった犬猫&鳥のリストもあります。「心の住人」と題して、死亡日、滞在期間と簡単な紹介文が添えてあります。ユーモアを交えた文章でちょっとクスッとするのですが、こちらをじっと見つめている顔を(見えていないであろう眼の子もいます)見ながら読んでいると、どうしても涙ぐんでしまいます。生死の間を行き来し、辛い事沢山経験してきて、ようやく保護された子達の、それぞれの性格、性癖、そして最後の日々(年、月、日)の様子がさりげなく短い言葉に要約されています。その文章に彼等に対するブロガーの方の深い愛情が感じ取られて、読んでいる私の顔は、おそらく泣き笑いのようになっていると思います。とても人には見せられる顔ではないので、このブログは一人の時にしか読みません。

※ 2:我が家に来てからの友生はお客さんが来てもあまり歓迎しません。怖がる事は無いですが、私達との初対面の時のように自分から近づくような事は決してありません。何回か会っている人には少し愛想を見せますが、懐くような事はいっさいありません。空子は人が大好きで、いつでも、誰にでも愛想が良かったので、友生が海ママ家で私達に歓迎的だったことは別に気にも止めませんでした。犬とは大概そういうものなのだと思っていました。しかし、彼女は誰にでも懐くような犬では無かったのです。不思議なのですが、私達には最初から懐いていました。海ママさんも「お見合い(里親候補が初めてその犬に会いに行く事)の時に相性の合わない場合もあるんですよ」と言っていました。何で私達に最初から懐いたのか? これは今もって謎です。

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# by mosaiquedodeca | 2017-07-15 13:26 | 猛描プータと愛犬クーコの話 | Comments(0)

ワインを使った料理

 先日スーパーで割引の赤ワインを買いました。処分品のみを並べた小さな展示台に乗っていたワインです。一見して私が買うにしては高そうなワイン。厚みのある深い色の、どっしりと重い瓶に入ったボルドー産のワイン。底に指を当ててみると、窪みが深い。これはいいワインに違いない!そう思って何故安売りなのか深く考えずに買いました。そして家に帰って夕食に開けたのです・・・が。 今になってみれば当然だと思うのですが、これが不味い。我慢して2〜3口飲んだけれど、やっぱり駄目。保存状態が悪かったらしく、腐っているとまでは言えないけれど、とても美味しくは飲めない。唯、ポリフェノールたっぷりの濃い色のワインでした。 以前同じような失敗をしているにも関わらず、またやっちゃったと思いました。10年前くらい(※1)と20年くらい前にも同じような事がありました。最も酷かったのは20年くらい前の件です。画家仲間での貧乏(スケッチ)旅行中。コンビニが今のように田舎町の津々浦々まで普及する前の、いわば田舎のコンビニエンスストアーといった感じの、お酒以外でも何でも売っているような酒屋で、年期の入っていそうな赤ワインを買いました。安宿で皆と開けてみたら、赤ではなくて茶色。そうです、赤ワインなのに茶色くなっているのです。しかし、過去に茶色いワインを飲んだ記憶がよみがえりました。フランスに居た時、友人の家で自分の生まれた年くらいに作られたワインを振る舞われたことがありました。25年以上前のワイン。みんなでグラス一杯ずつ飲みました。それはその時まで、そしてその後も飲んだ事が無い位味わいのある、美味しいワインでした。その色が少し茶色っぽかったのです。そのことを思い出し、もしかしたら美味いかも・・という淡い期待は、勿論!大はずれでした。美味いどころか腐っていたのです。銀座辺りのワイン専門店で買ったのならいざ知らず、茶色いワインがまともな筈がないですね。口をつけてしまったけれどお腹を壊さないか心配になる程ひどい味でした。 さて、腐ってはいないけれどおそらく適正温度では保管されていなかった赤ワイン。どうしたものか・・流してしまおうかとも思いましたが、あるアイデアが浮かびました。不味いが濃いワインの味から、南フランスのホテルで食べたある料理の事が思い出されました。 “Coq au vin“ (コック.オーヴァン:鶏肉を赤ワインで煮込んだ料理)を作ったらどうか? ワインとして飲むなら不味いが、煮込んだら美味しそうだと思ったのです。 ネットで作り方を調べたら出ていました。翌々日プリントアウトしたレシピを片手に段取りを確かめながら作りました。大成功でした。やはり濃い赤ワインがこの料理にはぴったりでした。ブルゴーニュのワイン(※2)だったらこんなに美味しくはならなかっただろうと思います。ホテルで食べたそれの味は随分前なのでおぼろげです。しっかりと覚えてないという事はそれほど美味く無かったのかも知れません。多分今回自分で作ったのの方が美味しいと思います、家内は随分感激してくれましたから。最も、家内は僕が作る料理はたいてい何でも褒めてくれますが・・・何故かと言うと自分が作らなくて良いから、楽ですもんね 皆さんも間違って、逝っちゃったワインを買ってしまったら是非作ってみて下さい。捨てずに済みますし、多分美味しい料理が出来ます(腕次第)。今度は「豚肉か牛肉でやってみてよ」と家内。牛肉の赤ワイン煮込み料理は存在しますから美味しいに決まっていますが、豚肉はどうだろう? 機会があったらやってみようと思います。

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  後日作った豚肉の、Coq au vin (否 Porc au vin) この時は煮込み時間が足りず、いまいちでした

※1
10年程前の1件は、近所のコンビニで買ったワインがやはり駄目になっていました(おそらく長い間売れずに展示棚に置かれていて暖められた)。これは返品しに行き、店主も応じてくれました。

※2
私の意に反して、なんと “Coq au vin“ の発祥はブルゴーニュだそうです。私はボルドーか、スペインやイタリアの濃いワインの方が絶対美味しいと思うのですが・・・。そもそも自分はブルゴーニュのワインはあんまり好きではありません(安物しか飲まないからでしょうが)。ボジョレーヌーヴォーなんて高い割にそれほど美味しいと思ったことがありません。いったい何をあんなに有り難がっているのか、気が知れません。しかもわざわざ空輸して世界中で同じ日に一斉に栓を開けるなんて・・・と、自説を主張するあまり、毒づいてしまいました。

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# by mosaiquedodeca | 2017-07-01 14:16 | Comments(0)

名前


 我が家の愛犬 “友生” (ユーキ)が家に来てから一年が経ちました。家に迎える事が決まった時、名前をどうしようか結構考えました。プータとクーコの時は直ぐに決まりましたが、ユーちゃんは色々迷いました。今日はその(一年前の)、四苦八苦の顛末を書きます。

 最初に考えたのは「フク」でした。我が家で天国に逝った、プータとクーコを合わせて、「プークー」。転じて→プク→フク。「福ちゃんだ!」と一旦はなりました。だが、どうもピンと来ない。何故だろう?・・と考えたら、どうも発音し辛い。フーでは息が抜けてしまう。 ということで意味からでは無く、音から探してみようということになりました。先ず、最初の音。五つの母音の内、伸ばしても言い易い音を選びました。アー、イー、ウー、エー、オーの内、イーとエーは口が半開きの為いざという時咄嗟に出て来づらい。アーとオーは構えて力を入れる時はいいけれど、どうしても叫んでいるイメージが浮かぶ。残ったのが一番言い易い(私だけかも知れませんが)「ウー」に決まりました。プータもクーコも「ウー」です。では子音。カ行から順に、ク、グ、ス、ズ、ツ、ズ、ヌ、フ、ブ、プ、ム、ユ、ル、ヴ の中で使えるのはそんなにありません。濁音は重くなるし、ツ、ヌ、ム、ルは一旦唇か舌で吐き出す空気を止めてからでないと発音出来ない( “プ” だけは例外的に発音し易い)。「フ」は力が抜けるし、「ス」は舌と上の歯茎の裏側の隙間を狭めて、力を込めて吐き出さないと音にならない。残ったのは、ク、プ、ユです。ということはもう “ユ” しか無い訳です(クとプはクーコとプータで使用済み)。 “ユーなんとか” という名前にすることに決まりました。

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 保護されてからの預かりネームが「優華」なので “ユーなんとか” なら本人(犬)も混乱しないで良いだろう。では女の子ならスタンダード(私達の世代では)に、 “ユーコ” としたら・・と思いました。しかし、ユーコではどうしても知り合いの何人かの顔が浮かんでしまう。直ぐに思い出すだけで3人もいます。そこでちょっと捻って “ユーキ” ならいいだろうということで決めました。男の子の名前みたいですが、どういう訳かあんまり違和感を覚えませんでした(問題発言?ユーキが一見男の子に見えるからなのか?)。という訳で消去法ではありましたが、音はユーキ。では文字は? 複雑なのは書く時大変だからなるべく画数の少ない文字で、ユーは “友” 。これには理由があります。これから私達と一緒に生きて行く、という意味で、訓読みでトモ(共にという意味も引っ掛けて)と読める “友” 。野良となって独りで子供を産んで、しかも厳しく躾を教えながら育てた、立派なお母さん(※1)を私達の “子” として迎えるのはおこがましい。同等の立場の友達になろうということで “友” です。 キ はPCの文字打ちで単純な字が出て来るまで捜したところ、生まれるという字で キ と読める事が分かってそれに決めました。後付けではありますが、一度は捨てられて命の危機に晒され、それでも子犬の命を守っていたユーちゃんに、これからは永く幸せに「生きて」欲しいという思いを込めての “生” です。かくして、友(として一緒)に生きる「友生」と命名。

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  影を見ただけでも分かる程、最近体格が良くなった(つまり太った)ユーキ

 このような経緯で名前が決まりました。ユーキに限らず我が家の家族の名前は、今流行りのキラキラネームと正反対の、とにかく単純で発音し易く簡単に書ける、そして覚え易いという方向で決まります。しかし、こんな風にさんざん考えて呼び易いように決めた名前でも、結局はまともに呼ぶ期間は最初の何ヶ月かだけなのはどうしてなのでしょうか? プータ(風太)は、プーちゃん、プーにゃん、プーすけ、プータ居士、プー太郎、etc。クーコ(空子)は、クーちゃん、クンちゃん、クークー、クックー・・・。その時の気分によって勝手に変えて呼んでいました。ユーキも最初のうちこそまともにユーちゃん(既に省略してますが)と呼んでいたのに、そのうちユータンになって、今や “タンタン” になっています(名前の音が一つも入っていません)。まあ、ユーちゃんの場合、まだ名前らしきもので呼ばれているだけいいのかも知れません。呼び方で遊んでもらえるなんて愛されている証拠のようなものですから。私達夫婦なんてまるで名前なんて忘れてしまったかのように、お互いを “アンタ” とか “オイ” ですからね(※2)。

        「ユーちゃん!」(前を歩いているユーちゃんを振り向かせたくて呼んでみた)
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        ?・(反応無し)

        「ユータン!」
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        ?・・

        「タンタン!」
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         何?


※ 1 先日ユーキを7ヶ月間預かっておられた預かりさん(海ママさん)が一年の節目に遊びに来てくださいました(ぷーままさんと、もう1人絵が好きな中学生と)。その時に保護時代のユーちゃんの話になって、子供達に対する厳しい躾の様子を聞きました。ユーキから離れて勝手に歩き出す子犬を、バシッと押さえつける動きが容赦なかったそうです。「そんなにやらなくても・・」と思うくらいだったそうです。
今回彼女達から、ユーちゃんが凄く「可愛くなった」と言われました。絶賛の嵐でした。ぷーままさんなど、「男前のユーキに遭える」と思っていたら違った、と。私達も時間が経つに連れて顔が変わって行ったのは認識していましたが、一年振りに会った人には変化が顕著だったようです。

※ 2 どこでも一緒かどうか分かりませんが、夫婦も長くなると名前なんかで呼び合わなくなります。若い頃は名前から派生した(というか変じた)呼び名を付けて呼び合っていましたが、だんだん面倒になってこんな風に成り果ててしまいました。まあそれでも関係が成り立っているのは、お互いが空気のような存在になってるからでしょうか?
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# by mosaiquedodeca | 2016-12-17 12:13 | 猛描プータと愛犬クーコの話 | Comments(0)

レジェンド?

 最近気がついたことですが、ユーちゃんはとても家族愛が強い犬です。と言うのは、家内と私とユーちゃんの3人で外出する際に、家族全員の動向を気にする行動を取るからです。散歩の時に家内がリードを引いて、後ろを足の遅い私が歩いていると少しずつ遅れていきます。しばらくすると何メーターか距離が空きます。するとユーちゃんは必ず足を止めて振り返って私が追いつくのを待っています。体は前を向いたまま首を180度まげて、ちょっと心配そうな “困った顔” でじっと私を待っています。それはまるで出来の悪い、愚図でのろまな子の面倒をみている母親のような感じなのです。
 散歩から帰って家に入る時も同じような行動をとります。クーコは私達に遅れまいと慌てて家の中に入ろうとしました。ドアを開けると私達の脚の脇をすり抜けて必ず一番に入りました。それを見ていつも『一等賞!』と声を掛けていました。しかし、ユーちゃんは同じように一番に入りますが、そこからが違います。私達2人が中に入って、鍵を閉めて、靴を脱いで板の間に上がるまで待っています。最後の人が入り切るのを確かめてから居間に入ります。 “1人も欠けてはいけない” と思っているみたいなのです。

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     全員揃ったので定位置へ

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     ホッとしたような満足そうな顔です


 我が家に来るまで預かって下さっていた方(海ママさん)から、おそらくユーちゃんは野良になってから独りで子犬を産んで育てていたこと、ダニにビッチリ食いつかれながらも必死で守っていたことなどを聞いています。預かられてからも、子犬達の面倒をみて、叱るときは叱ってちゃんと躾をしていた立派な母犬だと。
 そんなユーちゃんはなかなか貰い手が現れず、長いこと(七ヶ月間)海ママさんの “預かりブログ” に登場していました。体毛の色と模様のあり方がクーコに似ていたことから私達の目にも留まり、以後毎日ブログを見ていました。次はどんなことが書かれているか、ユーちゃんの様子はどんなかをいつも気にしていました。更新してない日があると、どうしたんだろう?とヤキモキしました。
 それは私達だけでなかったようです。同じように毎日ブログを見ていた人が沢山おられました。つまりユーちゃんのファンがいっぱいいたのです。それが分かったのは私達の家にトライアル(お試しに飼う期間)が決まったという記事に寄せられたコメント数が過去最多だったと伺った時です。沢山の方がユーちゃんの行く末を心配しておられたのです。私達もそのコメントを読みました。沢山の暖かい言葉が寄せられていて、ユーちゃんを幸せにしないとその方達に “叱られてしまう” と緊張してしまいました。海ママさん曰く、ユーちゃんは “伝説の犬” なんだそうです。

 ところがユーちゃんは我が家に来てからは、酷い環境の中で健気に子供達を守っていた立派な母犬だったなんてことはちっとも感じさせませんでした。ヤンチャで甘えん坊の男の子のような犬にしか見えませんでした。保護されてから七ヶ月、他に沢山保護犬(子犬)がいたものの、安心安全なお家の中で可愛がられて生活していたからでしょうか、すっかり家庭犬になって我が家に来たみたいです。

 甘えん坊振りを発揮したのは最初の日の夜からです。ベッドの脇に長座布団を敷いてあげたのにそこには眼もくれず私のベッドに上がって来て、掛け布団の上でピッタリくっついて寝ました。翌日か翌々日には布団の中に潜ってきました。まるで猫みたいです。その時は冬でしたが、夏になったらさすがにベッドには上らずに長座布団あるいは床板の上に寝っ転がるようになりました。夏の盛りが去って少し涼しくなってきたら、途端にまたベッドに上るようになりました。今は私の足元に丸くなって寝ています。蹴っ飛ばさないように気を使います。また寒くなるに連れて足元からだんだん上に上がってくるのでしょう。

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    ソファーを占領

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    ・・・


 家内の使っている居間のソファーはユーちゃんの定位置の1つになりました。常に半分以上占領しています。家内がそこで横になると背もたれと家内の間の狭い隙間に(細長くなって)挟まれています。窮屈だと思いますが目を閉じて幸せそうな顔をしています。しかし油断禁物です。時に四肢を突っ張ってソファーから家内を落とそうとするような動きをします。実際落とされそうになって家内は慌てています。何と言うか・・我が物顔ですね。

 やんちゃな事で言えば、散歩の途中犬を見れば必ず吠えかかるし、犬に限らず猫でも鳥でも飛びかかろうとします。追っ払おうとしているのでしょうか。時には何が気に入らないのか、人にも逆毛を立てています。クーコは時々人に吠えていました。いかにも怪しげな人、例えば登山服みたいな格好をしていた人などに。そしてキャーキャーはしゃいで走り回っている子どもにも吠えていました。子どもの場合は「騒ぐんじゃない!」って叱っているような感じでした。クーコは庭にいるのが好きで日中は外に繋ぐことが多かったですが、朝晩クーコに吠えられている小学生は、私達の姿が見えないと、「ば〜か!」なんて言って通るくらいでした。ユーちゃんは吠えかかったりはしませんが大体誰にでも逆毛を立てます。私達以外は総て敵だとでも思っているのでしょうか?
 私との散歩では、躾けが効いたみたいで、滅多に犬猫に吠えかからなくなりました。しかし家内と一緒の時は相変わらずイケイケのようです。
 ユーちゃんのヤンチャぶりは、例えば(最初からそうでしたが)庭の奥に繋がれている犬に対してわざわざ喧嘩をふっかけるところです。相手が、気がつかないか面倒くさがっているのに挑発するのです。反応するまでそこに留まって吠えます。そしてとうとうその犬が怒り出すと、さっさと逃げます。その犬が大型犬でも関係ないのです。シェパード、秋田犬、大型のミックス犬、何でもござれです。

 私達の目からは母性溢れる立派な母犬、 “レジェンド” にはあんまり見えなかったユーちゃんですが、冒頭に書いたように最近の行動は、子連れだった時のことを彷彿とさせます。3人揃わないといけない、 “1人も欠けてはいけない” と思っているらしいところなど、家族としての意識が強いのかなと思います。
 もしかしたら他の犬猫に突っかかって行くのは家族を守る意識からなのか? そしたら、彼女にとって私達は “子犬” なのでしょうか? まさか子犬とは思っていないでしょうから、外敵から身内を守ろうとする習慣だけが残ってしまったのかも知れません。もともと喧嘩っ早い性格かも知れませんが、過酷な過去の話を聞いているので、そんな風に思わなくもない、今日この頃です。
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# by mosaiquedodeca | 2016-09-21 18:29 | 猛描プータと愛犬クーコの話 | Comments(0)

蛍の写真

 ちょっと前の記事で、 シャンプーをサボった時の我が家の犬の匂いが、フランスパンの香ばしい香りから “ソーシソン(サラミソーセージみたいなもの)” の匂いに変るというような事を書きました。記事を書いた事が引き金になって、また無性にソーシソンが食べたくなってしまいました。しかし東京にでも出掛けないと手に入りません。モヤモヤしていたところ、思いが通じたのか、偶然日本に来ていたフランス在住の友人からお土産に頂きました。かつて我が家を訪れた時、クーコ(シャンプー前の)の獣臭を「靴下の匂いだ」と言って笑っていたその友人が日本を旅行中で、私に会いに来てくれたのです。

 今日はその友人、M君(※1)の作品について書きます。
彼はこの夏一ヶ月程日本の地方をあちこち回って蛍の写真を撮っていました。実は昨年の夏も蛍の写真を撮りにきていました。しかし蛍を追っかけて各地を回っていて、スケジュールに一日の余裕も無かったそうで、会えませんでした。今年は一日だけ空けて会いに来てくれました。その日私は「千葉こどもの国」でガラスモザイクの体験教室を開いていました。そこにわざわざフランス人の奥さんと一緒に訪ねてくれたのです。忙しいかも知れないので「あんまり話しは出来ないかもしれないよ」と言いましたが、それでも構わないということでした。子供達の体験指導の合間に話しを聞いたところ、昨年撮影した蛍の写真を作品にしてパリで展覧会を開いたのだそうです。

 その作品を見せてくれました。私の第一印象は “?” でした。プレゼン用に小さく印画されたその写真は白い額縁マット紙に囲まれた真っ黒の画面でした。そして何やら一部に粉がこぼれてしまったような小さな白い点々。言ってみれば、黒い紙に白い埃がついてしまったような感じ。そっと吹き飛ばしてキレイにしなくっちゃ・・・と思わせるくらいの微かな埃。
 蛍の写真というので私は色付きの写真を想像していました。青緑色の奇麗な光が飛び交う幻想的で奇麗な写真を。しかし私が見たのは唯々、真っ黒な紙でした。

 しかし、蛍イコール奇麗な色というのは固定観念なのですね。小さな写真なので分からなかったのですが、じっと見ていると画面の下の部分に、眼に見えるか見えないかくらいの薄い線が交錯しています。それはどうやら手前の草むらのようです。展覧会の時はもっと大きな画面の写真が飾ってあり、その前に立って眺めているとやがて眼が暗闇に慣れて色んなものが見えて来るのだそうです。確かに落ち着いてじっくり見ると何か見えて来そうです。なるほど、彼の表現したいものが分かった気がしました。


 私はガラスモザイクで絵画を描いています。ガラスモザイクは色んな色のガラスピースを並べて作ります。近くで見ると個々のガラス片が宝石のように美しく光り輝いて見えて、その材質感(物質としての存在感)に魅了されます。画面からの距離が遠ざかるに連れて、ガラス片だと思っているものが他の物(描かれている物)の一部に見えて来ます。遠くから眺めるとそれはもう、パンだったり、チーズだったり、薬缶だったり、炎だったり・・・。物質の色や質感が、その配置の妙によって人にイマジネーションを喚起させ、絵画が成立します。
 色ガラスという物質が、視点を遠ざけると物や空間に変る。一方部分に眼をやれば光の反射で輝くガラス片が見える。見る人の意識が “物質” と “空間” の間を行ったり来たりします。その “ゆらぎ(※2)” を引き起したくて、絵の具では無く、色を配合する事が出来ない又細かくも作れない、色ガラス片を使って絵を描いています。学生時代にガラスモザイクに初めて出会った時から、その “ゆらぎ” を感じ、以来それは私の心を捉えて離しません。

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 M君が蛍の写真で、見る人に味わってもらいたいのは、目の前の真っ黒な壁(展覧会では大きめの画面に印画して飾っている)が奥行きのある夜の風景に変る、その瞬間の驚きなのでは無いだろうか? 真っ黒い紙の向こうに、突然空間が開けて闇の景色が現れてくる、そのヴィジョンが見えた時の喜びなのでは無いだろうか? と私は思いました。
 彼と会った時間はそんなに長くなく、しかもこちらは仕事中だったのでその辺のところまでは話しは出来ませんでした。本人に訊いた訳ではありません。従ってこれはあくまで私の勝手な憶測です。

 蛍の写真はカメラのファインダーを一晩中空けっぱなしにして撮影するような長時間の作業だそうです。蛍が飛ぶと点は線になり、点滅すると点線に。ゲンジボタルやヘイケボタルなど種類によって、また同じ名前の蛍でも地域によって光り方(点滅周期など)が違うのだそうです。従って黒い画面の白い埃の形も様々でした。
 今回もパリに帰ったら展覧会を開くと言っていました。




※1 M君は日本の美術学校の時からの友人でフランスに留学してからも同じ学校に通っていました。1年か2年後輩でしたが、気が合ったというか、話しを始めると止まらなくなって、気がつけば大通りに面したキャフェテラスで何時間も話し込んでいたなんてことが、幾度もありました。彼は私の知らない事を沢山知っていて、話が面白いのです。会話をすることでお互いの考えが深まるとてもいい関係です。 私が帰国してからも、彼が日本で仕事をする機会が何度かあって、そう云うときは必ずと言っていい程会って話しをしました。夜に会って、話し始めたらいつの間にか朝になったなんてこともありました(その頃は若くて体力がありました)。今は何年かに一回しか会えませんが、時間にゆとりがあれば何時間か話し込んでしまうでしょう。それは美術に限らず多岐の分野に渡ってのものになる筈です。原発やISISなどに関して話もしたいと思っています。今回は「嫌な世の中になって来たね」と言い合っただけで、それ以上の話はできませんでした。彼のフランス人の奥さんは「日本に来る前、地震が怖くて躊躇した」と言っていました。それに対して、彼と私は全く同じ言葉を返しました。「地震の方がましか、テロの方がましか、どっちかだね」って。嫌な世の中ですね。


※2 昔、印刷屋が発行していたフリーペーパーのインタビューを受けた事があります。 “私の絵画の原点について” みたいな話をしました。中学生の時に親戚の人から油絵の具一式を貰って油彩画を始めた事。そしてある時、窓から見える山を描いていて、山肌に見える木々の色や形がくっきりと見えるのに、豚毛の固くて太い筆では思うようにいかず、 “俺は下手クソだな” とがっかりして椅子から立ち上がって離れてみたら、そこに山の景色がしっかりと描かれていた事。近くで見ていたら唯の絵の具の塊なのに離れて見たら山の景色に変っていたという経験が(その時の驚きと感動が)私の絵画の原点となった。この話をしたらインタビュアーの方がすごく喜んで、プリゴジンという人の “ゆらぎ” の理論を持ち出して共感してくれました。

以下その抜粋
 :モザイクのおもしろさは、「物質が空間」になるところだとOさんは語ります。近くで見るとガラスや石にしか見えないのに離れて見ると空間が現れるおもしろさ。光が乱反射するガラスや大地の色を放つ石からは、物質に宿る命が見えるかのようです。
 私たちは美に触れる時、状況や生活背景、心の状態といったさまざまな座標軸によって感動の波がゆらぎます。自己を探り美を創り出した作家自身のゆらぎにも共振して。
 〈ゆらぎ〉についてはノーベル化学賞受賞者イリヤ・プリゴジンが次のように説いています。『〈ゆらぎ〉が外的なエネルギーの交流によって強化されるときシステムは混沌へと向かうのではなく、より高次の秩序へと進化する』『希望と考えるのは、小さな〈ゆらぎ〉でさえも成長して、全体構造を変えうるからである。それゆえ、個々の活動は無意味なものとして運命づけられてはいない』。この理論は・・・・:

 プリゴジンの理論は良く分かりませんが “ゆらぎ” という言葉は気に入りました。作品を見る時、先ず無機物の美しい石やガラスが眼に入る。次に個々の材料が有機的に組み合わさる事により、素材の材質感とは ”違う質感” を帯びた物が周囲の空間と共に現れる。硬いガラスがふっくらとした食パンの焦げかかった皮に見えたり、切り口から溶けかかってしたたる前のカマンベールチーズに見えたり。あるいはガス台のケトルを沸騰させる青白い炎に、白いガラス片が透明なビニールの反射光に。
 鑑賞者の意識が、現実(石やガラス)と幻覚(描かれたイメージ)の間を行き来する。常に見え方が移ろい、気持ちが “ゆらぎ” 続ける。そう云った作品を作りたいと思っています。

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# by mosaiquedodeca | 2016-09-12 18:46 | ガラスモザイクの制作 | Comments(0)